湖畔のひとりごと

スイスでの生活で気づいた事などを綴っています

スイスへ渡る理由

先日偶然、ドイツ語学校のクラスメートだったスリランカ人のKに街で遭遇した。

妊娠したという知らせは聞いていて、そろそろ出産予定日も近いはずだったので、「もう産まれたのかな~?」とずっと気になっていた。

Kと彼女の旦那さんは共にタミル人。旦那さんはスリランカの内戦でシンハラ人主体の政府から戦犯とされ、数年前にスイスに亡命したそうだ。

当時まだスリランカに住んでいたKは、その旦那さんと家族の紹介でビデオチャットで初めて会い、その後もカメラを通してお付き合いをしてきたようだ。詳しくは聞いていないが、旦那さんはスリランカへは帰国できないので、きっと彼女は結婚のため覚悟を決めてスイスへ渡ってきたのだろう。もしかしたら、彼女のご両親も政情不安定なスリランカよりも、スイスでの生活の方が娘のために良いと思って紹介したのかもしれない。

彼女は知的でまじめで勉強熱心、ちょっとシャイで、クラスでも声が小さくていつも皆から「もっと大きな声で喋って!」と言われていた。

クラスの生徒は国際色豊かで、アフガニスタン、ドミニカ共和国、ブラジル、ロシア、フィリピン、ルーマニア、アルバニア、北マケドニアと出身国は様々。個性も様々で、授業中ずっと職場の愚痴を喋る人、他の人の順番でもお構いなしに発言する人もいる。スイス人と結婚している人もいれば、避難民もいる。アフガニスタン人のHは授業中、家族の話題になる度に涙を流していた。きっと離れ離れになって会えない家族を思い出してしまうのだろう。こんな中、文章を作るのが苦手でなかなか発言できない私とKは波長が合ってよくペアで課題をこなしていた。

Kは自国では先生をしていたそうだが、言葉の不自由なスイスではファストフード店で働いている。仕事はシフト制で夜遅い事もあり、時には仕事のためにクラスに来られないことも。でもまじめな人柄が認められたのだろう、それまでキッチン担当だったが、ある日レジを任されたと嬉しそうに話していた。

スイス人のMと結婚した私は、スイスへ移住する前には三年弱の間に何回もお互いの国を訪ね合い、Mの家族や友達とも会い、移住した際には少なくとも数人の知り合いがいて、皆歓迎してくれた。それでもやはり『自分の』家族や友達がいないということに寂しさを覚える。だからKの勇気は尊敬に値する。

自国から遠く離れ、カメラを通してしか会ったことのない旦那さん一人を頼ってスイスへ渡り、一人で出産をするのは何かと心細いと思うが、街で会った妊婦のKはとても幸せそうで「予定日は先週だったのにまだ産まれてこないの」と言っていた。

今週にはそんなKの赤ちゃんが誕生することだろう。きっと彼女に似て目がクリクリした美男子に違いない。私も会うのが今から楽しみだ。

白鳥の親子