湖畔のひとりごと

スイスでの生活で気づいた事などを綴っています

ドイツにドイツ語留学:① ゲストハウス

2月に3週間、ドイツ語の勉強のためにドイツのフライブルクへ滞在して現地の学校に通った。

スイスでは、現地の人達は現地の方言で話すのが常なので、学校でハイジャーマン(標準ドイツ語)を学んでも、日常生活でハイジャーマンを聞くことはほとんど無い。例えるならば、海外から日本へ来た人が、標準語を学んでいるけれど東北地方で生活しているという感じだろうか。

スイスへ来てから一向に上達しない自分のドイツ語に、年齢とセンスの無さを嘆いていたが、何人かの知り合いから「ドイツ語向上のためにはドイツで学ぶのが一番早い」と聞き、今回思い切ってドイツで学校に通うことにしたのだ。

選んだのはスイスのバーゼルからも遠くない、フライブルク・イム・ブライスガウ(以下、フライブルク)。最初は「折角行くなら、前から行ってみたかったベルリンにしようかな?」と考えていたが、ドイツ人の友人に「ドイツはスイスみたいにどこでも安全という訳ではないから、あまり大きな町はお勧めしない」と言われ、スイスからも遠くない中規模の町、フライブルクに決めた。

通うのはゲーテ・インスティテュート。ドイツ政府が設立した機関で、日本にも学校がある。今回はそのゲーテのゲストハウスに滞在したが、コロナ禍以降ゲストハウスを併設したゲーテの学校はこのフライブルクのみになってしまったそう。

フライブルクまでは電車で約2.5時間。ホームに降り立ちゲストハウスへの行き方を地図で確認。どうやら線路の上を走る橋を渡って反対方向へ行かなくてはならないようだが、その橋上へのエスカレーターもエレベーターも故障なのか動いていない。結構重たいスーツケースを手に「早速ドイツの洗礼か⁈」と呆然としてしまったが、歩いてもほんの10分、何故か意固地になり「絶対に自力で辿り着くんだ!」とタクシー乗り場は素通りして何とかゲストハウスに到着した。

ゲストハウス近くのカソリック教会。とても綺麗なのだが、残念な事にこの教会のある広場は特に夜は治安が悪い。

ゲストハウスでは一人部屋を選択。事前にもらっていたコードを入力してキーボックスから鍵を受け取り、部屋を探す。部屋は思っていたより広く、ベッド、勉強机、クローゼット、棚、スーツケース置き場、そしてシャワーのみのバスルーム。3週間快適に暮らせそうだと安堵した。

キッチンは共用で、それぞれ最小限のお鍋、フライパン、お皿、コップ等が支給されているので、料理をしたい人はそれらを抱えてキッチンへ行って料理をする。ナイフやまな板がキッチンにあるのだが、それらも共用なので日によってあったりなかったり、誰かが使用中だったり。最初の頃は塩・胡椒を買ってパスタを作ったりしていたが、そのワンパターンの味にも飽きて、後半は野菜でサラダだけ作り、スーパーで買ってきたお鮨やレンジでチンするラザニアなどが多くなった。

滞在している生徒は10代、20代の若い子が主なので、料理をする数少ないメンバーは決まっていた。ほとんどの子はピザやカップラーメンが多かったようだ。それでも国籍が多様なため、自国からすごい量のスパイスや自前の鍋を持ち込んで料理する人もいたりして、その際はキッチの隣の部屋で食事をしている私達のところへもその強烈なスパイスが漂ってきて、目に激しい痛みが走り、急いで自室に逃げ込んだりした。

ゲストハウスはホテルではないため、例えばソープやドライヤーなども置いていない。これは事前に実際にこのゲストハウスに泊まった人のブログを読んで準備していたので、とても助かった。

このキッチンで何人かの日本人女性にも会った。皆クラスが違うので大抵キッチンでしか会わないが、ドイツ語で疲れ切った脳には、夕飯時に自由に操れる日本語で喋れる機会は休息になりありがたかった。

冬のドイツ、それにきちんとしたホテルではないということで、どれだけ寒いのかを心配していたのだが、むしろ部屋は暑かった💦それなのに掛布団も厚手で、夜中に暑くて何度も目が覚める。最初は怖くて開けたままにできなかった窓も、寮に泥棒も来ないだろうと、後半はもうずっと開けたまま。おかげで特に週末など、若い子達が騒いでいる声が丸聞こえでなかなか寝られなかったが、暑いよりはマシでした。